一番 














 何でも無いような、でも自分には特別な、朝を迎えて。
 年甲斐も無く浮き立つ心を抑し、身支度を整えて。
 その足の向かう先は、迷ったけれどたったひとつ。
 それは、昨年までとは違うところ。
 ……今までとは、違うところ。









 望むはただ一心に。
 願うはただ一番に。
 ……かれのもとへ。









 一一そしてどうか、彼の人には会わずに済むように、と。



「エイリーク」



 その思いが天に通じることはなく一一





















「おはよう。良い朝だな」
「お…おはようございます、兄上」
「?
 どうした?」
「い、いえ……特に何も、変わった事は…ありませんが」
「……そう、か」



 自分の道を突っ走り、他人の感情の機微には無頓着、と思われがちな兄であるが。
 無頓着な訳ではなく、かといって鈍い訳でもなくて。
 どちらかといえば聡い分類に入るのだという事を知っている者は少ないと思うけれど、
 自分は紛れもなくその数少ない者の内の一人であって。
 彼の前では、そう他の誰でもない彼の前では、
 努めて、何事も無いように、していなければならなかったのに。
 そう出来ない馬鹿正直な自分に嫌気がさしながらも、
 エイリークはいつものように挨拶を交わし、その場を去ろうとした。
 いつもの朝の挨拶だけで、済ませたかったから。
 ……だからこそ、平静を装えなかった。
 兄はやっぱりどこか不振がっているようだが、
 それ以上に大切な事を思い出したらしく、彼女に声をかけようと……したのだが。



「そうだ、エイリー」
「あああ兄上っ!!」



 それから先の言葉は言わなくても分かっているというように、
 それから先の言葉を聞きたくないとでもいうように、
 珍しく声を張り上げる妹を、兄は怪訝そうな、心配そうな複雑な瞳で見つめていた。
 エイリークは申し訳なくて何だか居た堪れない気持ちに苛まれながらも、
 それでも、自らの意志を貫き通した。



「私、所用があって先を急ぎますので……」



 軽く会釈をして、忙しなく去っていく妹を。
 兄はただ呆然と、眺めていた。















「……エフラム?」
 そんな彼の思考を呼び覚ましたのは、彼の自室からひょこりと顔を覗かせた少女。
「どうかしたの?」
「いや、エイリークに会ったんだが……」
 エフラムの答えにぱあっと顔を輝かせるも、
 この場に彼女がいない事を悟った少女は瞬時にその笑顔を曇らせた。
「エイリークに?
 会いたかったのになぁ、どこに行っちゃったの?
 お祝い、したかったのに」
「それがさっぱり分からない……
 ただ急いでどこかに向かっていた。
 俺の言葉を聞く暇さえないようだったな」
 心底不思議そうな彼の言葉に、少女は何だか合点のいくところがあったようで。
 ふぅわりと、微笑んだ。
 そして唐突にこう訊ねた。
「ね、仮眠室って、どこ?」
「仮眠室…か?
 いきなりなんなんだ」
「いいから、いいから!
 エイリークならそこにいると思うわ」
 どうしてそんなところに、と。
 浮かんできた疑問が、彼の口から零れる事はなかった。
 このまま直進し、階段の前を右に曲がって……
 ここから仮眠室へ向かうまでの道のりは、
 先程エイリークが駆け出したいのを堪えるように歩いていった方向そのものだったから。



「なんで分かるんだ、そんな事が?」
「だって、わたしもエイリークも女の子だから。
 わたしにも分かるもの、エイリークの気持ち」



 問いかけに更に問いかけを返されたような気がして、
 エフラムはただ首を傾げた。





















 ごめんなさい、兄上。



 エイリークは仮眠室を前に、立ち尽くしていた。
 心臓が、煩いぐらいに鼓動を伝えてくる。



 ごめんなさい、兄上。
 兄上は、私にとって大切な人です。



 しなければいけなかったのかもしれない事。
 したいと思ったのに出来ていない事。
 胸の中で渦巻くのは、今考えるべきではない事。
 今すべき、考えるべき事ではないのに。
 今すべき、したいと思っていたはずの事は、何も出来ていないのに。



 兄上はたった一人の兄上です。
 私の一番大切な兄上です。
 でも、それでも……
 私は。
 私は、一番最初に、他の誰でもない彼に一一一一









「開いている、入ってもいいぞ」









 突如扉の向こうから響いた声は、とても落ち着いていた。
 彼女の鼓動と相反するように。



 中に入る事を促されて、もう後にも引けなくなって。
 かといって、前にも中々進めないのだけれど。
 いっそ痛々しいぐらいにどくどくと激しく高鳴る胸を、ぎゅっと押さえて。
 ゆっくりと、こわごわと、彼女はその扉に手を伸ばした。



「私はちょうど仮眠を終えた所だ。
 場所ならある、ゆっくりと……」
 手慣れた仕草で…その部屋の主と思われても違和感のないぐらいの仕草で…
 身支度を整えていたのだろう騎士は、
 扉の向こうから顔を覗かせたのが自らの仕えるべき王女である事に気付き、
 一瞬呆気に取られたような、普段はそうそう見せない顔をした。
 普段の厳しい、硬い表情からは想像もつかない程に感情の溢れていた彼の顔は、
 珍しくて貴重で、……なんだか少し可愛くて。
 エイリークの肩から、すぅっと力が抜けていった。



「エイリーク様でしたか。……申し訳ありません、てっきり仮眠を取りに来た者かと」
 無礼な振る舞いをお許し下さい、と頭を垂れる彼は普段のままなのだけれど、
 先程の事もあってか、エイリークの心はいつも以上に和らいでいた。
「いえ、そんな事はいいのです」
「ですが何故、このようなところに?」
 和らいでいたと、いうのに。



 胸の鼓動の激しさも、息苦しさも、薄れかけていたけれど。
 問われて、言葉に詰まる。
 そして、鼓動は激しさを増し、首を絞められているでもないのに息苦しさが身を襲う。
 幸せであるが故の、苦しみ。



 その答えはひとつしかない。
 それでもそれを言ってもいいものか、と。
 まだ慣れていない彼女は、そんな事を考えてしまうのだ。
 この関係に、感情に……慣れてきてもいい頃だろうに。
 元より、こういう事には控えめな性分なのだろう。
 自分のどうしようもない我侭だと、思うのだろう。
 それは、我侭という程の事でもないだろうに。









 言い淀み、視線を落とした彼女を最初はただ訳が分からないと見つめていた彼だったが、
 ひとつの事に思い当たり、それから全てが見えたようで。






「エイリーク様」






 余り聞かない、彼にしては珍しい、ただただ優しい声音。
 何事かと顔を上げた少女の瞳に映るのは、これまた彼にしては珍しい、ただただ柔らかい微笑み。















「お誕生日、おめでとうございます」















 それは。
 自惚れかも、しれないけれど。
 優しくて、柔らかくて、……心から、祝うような。
 私がここに在る事を、私が生まれて来た今日この日を、
 愛しんで、共に幸せに思ってくれているような。
 一一そんな、微笑みでした。





















 ……一番、は幾つもあるもので。



 一番大好きな本。
 一番大事な友達。
 一番愛しい人。
 それは悪い事ではないし、その一番には優劣なんてつけられないけれど。
 その一番はそれぞれ少しずつ違うから、
 優劣をつける方が、間違っているのかもしれないけれど。









 一番大切な兄。
 一番大切な彼。









 大切な二人に、優劣なんてつけられないし、つけるつもりもないけれど。
 一番、は、同じ言葉であっても比べられる訳がないのだけれど。
 それでも。





















「有り難うございます、ゼト。
 私、誰よりも早く、あなたにお祝いしてほしかったんです。
 一番に、あなたの言葉を聞きたかったんです」





















 今までは……昨年まではずっと。
 早朝に私が、兄の部屋へ向かって。
 そうでなければ兄が、私の部屋へ向かって。
 一番最初に兄を祝うのが私なら、
 一番最初に私を祝うのも兄でした。
 私達は双子だから。
 たった一人の兄で、たった一人の妹だから。



 それが嫌だった訳ではなくて。
 嫌だなんて思う訳がなくて。
 それが毎年嬉しくて、とても大切な事でした。
 けれど、でも。
 今は。












 他の誰でもない彼に、一番に、祝ってほしいと思ったんです。















「ごめんなさい、兄上」



 エイリークは誰にも聞き取れないような本当に小さな声で、そうぽそりと呟いた。
























「……そういうこと、か」
「そういうこと。」



 うっすらと開いたままの扉から事の一部始終を覗き見ていた二人組は、
 中の二人に気付かれないように、来た道を戻っていた。



「……ねぇ、寂しい?」
 その間ずっと口を噤んでいた彼へ、少女はくすっと微笑いながら問いかける。
 それはからかいも少しは含んでいるようだけれど、純粋な好奇心の方が多分を占めている。
 その少女にも、ただひとりの兄がいるからこそだ。
「いや、そうでもない」
「ええっなんで?」
 少しも予想だにしなかった答えに、不可解と不満を訴えるように叫んだ少女に。









「俺への一番はもう君が取ってしまっただろ?」









 そう、エフラムは笑いながら答えた。
「何よぅ、……嫌だった、の?」
 少女は頬を赤く染めながら、ぶすっと機嫌悪そうに膨れている。
 ……怒っているのではなくて、照れているのだろう。
「そんな事はない」
 その言葉の中に込められた僅かな不安を敏感に感じ取って、
 エフラムはそれを一刀両断した。
 彼の真直ぐな一言で、心底嬉しそうに膨れていた頬を綻ばせる少女に。
 思い出したかのように、エフラムは言葉を付け加える。
「そういえば……この気持ちは、女だけのものではないんだな。
 さっきは皆目見当もつかなかったが」
「え?」
 何の事だか分からないと疑問符を浮かばせる少女へ。
 喜びと幸せと愛しさを募らせながら、エフラムは言葉を紡いだ。


















「俺だって、一番最初に、
 他の誰でもない君に……祝ってほしいと、思っていたからな」
































ゼトエイでエフタナで、甘々。
(甘々…ですよね?自分甘い話ばっかり書いてるので基準が分からなくなってきました/笑)
分かりにくくて先の読めやすい(それダメダメです小説として…!)誕生日話、でした。
ていうかいつなんでしょうね双子の誕生日(純粋に知りたい)
そして双子はなんとな〜く自分的には1月生まれな気がします。…何故(笑)
そしてそしてターナが何故ゼトの居場所知ってるんですかっていうのはほら、
エフラムともエイリークとも仲が良いじゃないですか彼女は。
働き過ぎて仮眠室の主になってるって二人から愚痴(?)を零されているって事で……どうか。

ターナ一度も名前出てませんが、ターナです。
当初はラーチェルでもミルラでも大丈夫なようにしたくて、その名残りで名前が出ていないだけで。
結局ターナしか当てはまらないようになっちゃったのはやっぱりエフタナ愛の成せる技ですか(笑)
うん、骨の随までエフタナ好き。
…骨の隅っこでは他エフラム絡みCPもターナ絡みCPも良いかもとか思っている(!?)
いえでもエフラム絡みCPの、ターナ絡みCPの一番はエフタナです!
……取りあえず結原さんは節操無しということで(一件落着)

これのエフラムverとかこれから連なる話とか。
ちょっと考えているのでそれが日の目を見る事が出来ましたらば、
またお付き合い頂けますと幸いです(ぺこり)


05.01.08 up